🍀📜夢と復興の象徴!お年玉付き年賀はがきの歴史と社会的な背景
今では日本のお正月に欠かせない風物詩となっているお年玉付き年賀はがき。このくじ付き年賀状は、単なる郵便商品ではなく、戦後の日本社会に「希望」と「繋がり」をもたらした歴史的な経緯を持っています。
お年玉付き年賀はがきの誕生は、人々の通信を回復させ、社会福祉に貢献するという高い志から始まりました。その発案から大ヒットに至るまでの道のり、そして切手代に含まれる寄付金の具体的な役割を詳しく見ていきましょう。
1. お年玉付き年賀はがきの誕生:戦後復興と一民間人の熱意
お年玉付き年賀はがきの起源は、第二次世界大戦終結後の混乱期にさかのぼります。
📅 制度開始は1950年用(1949年12月1日発行)
お年玉付き年賀はがきが初めて発行されたのは、1949年(昭和24年)12月1日の1950年(昭和25年)用です。
それ以前、年賀状は通常の官製はがきを利用しており、官製の年賀専用はがきは、このお年玉くじ付きとともに初めて誕生しました。
💡 発案者は民間人:社会の復興を願う想い
この画期的なアイデアを考案したのは、郵政省の職員ではなく、京都に住む洋品雑貨店の店主だった林正治(はやしまさじ)氏という一人の民間人でした。
着想の背景:
戦後の混乱により、多くの人が家族や友人との音信が途絶していました。林氏は、「年賀状が復活すればお互いの消息がわかり、励まし合える。それにくじのお年玉をつけ、さらに寄付金を加えれば、夢もあるし、社会福祉のためにもなる」と考えました。これは、通信の回復と社会貢献という二つの目的を同時に達成する具体的な対策でした。
郵政省への提案と採用:
林氏は自ら見本のはがきや宣伝ポスターを作成し、郵政省に持ち込みました。当初、郵政省内では「国民が困窮している時代に、のんびりしたことを言っていられない」という反対意見もありましたが、郵便事業の赤字克服と通信量の増大という郵政省側の課題も相まって、最終的に採用が決定しました。
2. 時代を映す賞品と寄付金の役割
お年玉付き年賀はがきは、発売と同時に大ヒットし、日本の年賀状文化を一気に復興させました。
🎁 初年度の賞品:戦後の「夢」を乗せて
初年度(1950年用)のお年玉の賞品は、当時の社会情勢を色濃く反映していました。
特等: 高級ミシン(当時、月賦販売されるほどの高額商品)
一等: 純毛洋服生地
三等: 学童用コウモリ傘などの日用品
モノがない時代において、これらの賞品は国民にとって大きな夢と希望を与えるものとなりました。その後、賞品は時代とともに変化し、現在では液晶テレビ、国内旅行、現金など、より多様な選択肢が用意されています。
🤝 寄付金付きはがきの社会福祉への貢献
最初のお年玉付き年賀はがきには、2円の通常はがきのほかに、1円の寄付金が付いた3円のはがきの2種類がありました。
寄付金の使途: この寄付金は、「日本赤十字募金委員会」や「中央共同募金委員会」などに配分され、社会福祉や公共の利益となる事業に活用されています。
貢献総額: 1991年から発行されている寄付金付年賀切手も含め、2021年までの寄付金額の合計は約516億円にも上り、林氏の当初の理念であった社会貢献が長年にわたって実現されています。
3. 歴史の中の変遷と現在の位置づけ
お年玉付き年賀はがきは、70年以上の歴史の中で、いくつかの変化を遂げています。
🔄 くじの確認方法の変遷
かつては、郵便局員が当選番号の部分をはさみで切り落とす方式でした。しかし、切り取りの手間や、通信面(裏面)の一部が欠けてしまうという問題があったため、1990年から現在の消印方式(はがきの表面の番号で確認する方式)に変更されました。
📮 年賀専用はがきの定着
お年玉くじ付きであることから、年賀状の取扱量は大きく伸び、戦前を超える水準に達しました。年賀状は、戦後の通信と人々の繋がりを復活させる大きな役割を果たし、お年玉付き年賀はがきは、日本の新年を祝う伝統文化として確固たる地位を築きました。
🌟 まとめ:お年玉付き年賀はがきが伝えるメッセージ
お年玉付き年賀はがきは、一人の民間人の「社会を元気づけたい」という熱意から生まれた、世界にも類を見ないユニークな制度です。
発行開始は1950年用(1949年12月発行)。
民間人の林正治氏が戦後復興と社会福祉を願って発案。
寄付金付きはがきによる社会貢献を長年継続。
このくじ付き年賀状は、切手代以上の夢と希望を人々に届け、日本が大切にする伝統文化を支え続けています。